6回目にして最前列での観劇となった。感激である。
端っこの席だったので、反対側が見えにくいのはあるが、モニタとスピーカの作り出す視聴覚空間とは違った臨場感がある。劇場という場に臨むと、客席にも舞台にも、そこに、人が、いる。この、「そこに、人が、いる」というのが「場に臨む感じ」なのだろう。
壊しては作り、壊しては作り、壊しては作り。自分で作ったものも、既に作られていたものも、受け継ぎながら更新していくその過程が、「働く」ことである。
壊されなければ、自分で壊せ壊さなくなったら、作らなくなったら、それはもう死んだも同然である。
人が動いて人を動かす。ぢっと見た手が、その動的な過程を支えてきた。それは、この先いつまで続くだろうか。
はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る
石川啄木「一握の砂」
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