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2019-09-08

あしながおじさん

あしながおじさん
しじんなあさがお
詩人な朝顔
poetic morning glory

2019-02-08

1を聞いて10を知る

1を聞いて10を知るのは、1をやり取りした両者が十分に文脈を共有していれば難しくない。情報の圧縮効率は、パターンが固定化しているほど高くなるということだ。

溜め込まれた知識は、固定化したパターンである。迅速なコミュニケーションが必要なときには有用であるものの、パターンをリセットしたり、別のパターンを見つけたりするには、それらを一旦抽象しなければならない。

1を聞いたとき、0や虚数単位iを知れるだろうか。

知者不博博者不知
A wise man has no extensive knowledge;
He who has extensive knowledge is not a wise man.
老子
Lao-tzu

2018-12-11

Beyond the Limits of Reality

A complete knowledge of the material world is hardly probable, therefore, the mistakes we make in departing from reality are of but little importance. If revelations do not come true, it is not the fault of the prophet, the dynamic complexity of the world may change their realization on the way. Common sense reposes within the limits of reality, but supreme intelligence travels beyond.
John D. Graham “System and Dialectics of Art” p.128

物質世界に関する完全な知識というのはほとんど存在し得ないため、現実を起点とすることで我々が犯す過ちはさほど重要ではない。もし黙示録が現実のものとならないとしたら、それは預言の誤りではなく、世界の動的複雑さの現れ方が途中で変化することによるのだろう。常識は現実の限界の内に安寧を求めるが、卓抜した知性はその限界を超えていく。

--

所与dataを情報informationへと抽象する際の判断基準は、抽象する度に更新される。更新されるうちに偏りを有するにようになった判断基準のことを知識knowledgeと呼べば、物理的身体というプロセスの上に構築される知識のことを現実realityと呼んでいるのだ。

心理的身体という別のプロセスが駆動し、別様の知識が構築可能になることで、単一の知識の不完全性が露呈する。あらゆる知識は、偶々現れる偏りであり、元の世界の断片的な一面だけを現出させる。現実もまたその例外ではない。

一方で、意味をつくり出すのは知識の偏りだ。偏りのない知識は何も現出させない。あるいは、現出とは、あまりに情報量の多い世界に偏りを付与することである。断片化されていない世界を、人間は処理することができないだろう。

限界は、檻であると同時に殻である。あらゆる限界を放棄するのは、一つの限界の内に留まるのと同じくらい死を招くだろう。限界を超えては、別の限界をつくるという、絶え間ない限界の更新のプロセスだけが、生であるはずだ。

2018-11-28

dataとinformationの相対性

dataはformを与えられることでinformationになる。このdataからinformationへの抽象過程は、解釈と呼ぶことができる。

dataとinformationの区別は、解釈の前後関係によって相対的に生じるものであり、元のdataから抽象されたinformationが、次のinformationにとってのdataとなることもあれば、元のdata自体が既にある解釈を経たinformationであることもある。

絶対的に解釈を経ていないdataが存在するようにみえるとすれば、それは生まれ持った身体という感覚器sensory systemに由来するのだと思われる。data=dare(to give)であるから、所与の大元である感覚器まで遡ると、そこには絶対的な所与があるように想定されるのだろう。眼鏡、顕微鏡、望遠鏡、補聴器、箸、スマホ。感覚器とともに絶対的にみえる所与も増えていき、環世界は拡がっていく。

dataは所与、informationは情報と訳し分けるのがよいかもしれない。

2018-11-24

emptyとvacant

emptyはアナログな値が0の状態、vacantはデジタルな値が0の状態、というのが個人的なイメージだ。

日本語で言うと、empty=空(から)、vacant=空き(あき)、だろうか。

2018-06-19

逸脱の対義語

逸脱 = 逸れる + 脱する。
英語だと「deviate = de (off) + viate (way)」。
スティーヴン・グリーンブラットの書いた本の題名「SWERVE」も逸脱を意味する。

逸脱の対義語としては、「服従、遵守・順守、従属、順応」のように、「したがう」と訓読する漢字が入るイメージがある。「守破離」の「離」が逸脱だとすれば、「守」が入る「遵守」もよさそうな気がする。

社会学や心理学ではconformity and devianceがセットであり、conformityの訳語は「同調」であるようだ。conformityは「一致、遵守、調和」などとも訳すことができる。

逸脱のない調和harmonyによって意識が不要になることを描いたのが「ハーモニー」であった。

2018-02-13

火のないところ

火のないところに煙が立つのは、
誰かが土煙を立てているからだろう。

The reason why there is smoke without fire is
that someone kicks up a dust.

2017-11-22

個の特定

World's first human head transplant a success, controversial scientist claims

人間の頭部移植に成功したとのことだが、それが技術的に
可能なのか、倫理的に許容されるのかといったいろいろな
疑問の中で最も興味深いのは、患者が生き残ったとして、
それは誰とみなされるのか、である。

つまるところ、個の特定identificationとは同じであること
idemの確認であり、同じ情報を与えるものは同じものとして
抽象することしかできない。
使える情報が少なくなればなるほど、あるいは複製技術の
精度が上がれば上がるほど、個は幅をもつことになる。

オンラインでは既に個を特定することが必ずしも容易では
なくなっているが、今後、臓器移植や形成外科、人工知能や
外部記憶装置の技術が発展するにつれて、オフラインもそう
ならないとも限らない。

長らく一本の糸だとみなされてきた個体は、鎖から樹や網へと
解されていくのかもしれない。
分岐と統合を繰り返す「それ」は、一つの過程あるいは計劃と
みなされることになるのだろう。
In-dividuals which have been regarded as a single thread for a long time
may be sleaved from chains into trees and networks.
Those that repeat fork and merge will be regarded as a process or project.

2017-10-24

忌避

集団における判断基準の共有は忌避として固定化する。

忌避とはつまり、同じでないものの忌避である。
Avoidance means avoidance of what is not the same.

2017-10-06

青春の影

The long and winding road that leads to your door
Always encouraged me
It was very very wild and narrow, however
I'll pick you up now
To pursue my dream was my duty up to now
To make you happy
This is the very nature I live for from now

After you know what love is, a tear was born
And it shed from your eye
"The joy of being in love is just a bridge toward the rigor of love"
Just standing in the wind
You found it out
Just leaving tears in the wind
You blossom into a woman

The road that leads to your door
I make sure of it by myself
You are just a woman from today
I am just a man from today

酒と泪と男と女

"I want to forget everything"
"I feel hopeless loneliness"
In such a mood, a man may take alcohol
Drink, drink and drink too much
Drink to drink himself to fell asleep
Soon he may sleep in peace

"I want to forget everything"
"I feel hopeless sadness"
In such a mood, a woman may shed tears
Cry, cry and cry all alone
Cry to cry herself to fell asleep
Soon she may sleep in peace

なごり雪

Next to you waiting for a train
I'm worrying about time
It's snowing in the wrong season
"This is the last time to see snowing in Tokyo"
You murmur helplessly
Lingering snow may also know when to say when
After the season of playing too much
Spring has come and you get beautiful
Still more than last year

2017-10-02

哲学的ナスビ

哲学的ナスビ(Philosophical aubergine, p-aubergine)は、
「物理的化学的電気的反応としては、普通の茄子と全く同じ
であるが、嫁は食べることができない茄子」と定義される。

初夢に登場しても、嫁が君もまた食べることができない。

嫁が君 食えぬ茄子は 人の夢

--
一富士二鷹に次ぐ三茄子も、人の見る夢であるからには
ネズミの食べられるものではない。
哲学的ナスビは哲学的ゾンビに通じ、哲学的ゾンビという
概念もまた要素還元主義の見せる夢でしかない。
そもそも、意識やクオリアと呼ばれるものも同じように
儚いものなのではないか。

2017-09-27

Where Qs interact

questionの語源はラテン語quaerereで、ask、seekを意味する。
require、acquire、query、questあたりも語源が同じで、
inquireやinquisitiveもその系列にあるようだ。

そういうものをすべてまとめて「Q」の一字に込めることで、
固定化への抵抗としての発散を表す。
「Q」が交錯することで、更新する秩序としての生命が駆動し
続けられるとよいなと思う。
問いの問いによる問いのためのコウシン

2017-09-26

問いの問いによる問いのためのコウシン

問いの更新 Update of questions
問いによる交信 Communication by questions
問いのための昂進 Enhancement for questions

Interaction of Questions

2017-09-22

ASMR

ASMR=Autonomous sensory meridian responseの動画を見てみた。

雑誌をめくる映像とともにバイノーラル録音された音が流れるだけなのだが、確かに快感がある。
  • ある程度音量が大きいほど快感が強い
  • 映像は全画面にした方が快感が強い
  • 目を閉じても快感はある
  • 別の映像をみたり、他の作業をしながらだと快感は薄い
という傾向があるように感じられる。試せていないが、映像と音をずらしたら、やはり快感は薄まるだろうか。あるいは、雑誌をめくるのが動物やロボットだとしたらどうだろうか。

上記のような傾向を踏まえると、入力される情報(今回は視覚と聴覚のみ)の一致度が高い、つまり視覚センサと聴覚センサのコンセンサスが高純度で成立している状態が鍵になるのではないかと思う。
そのようなコミュニケーションの究極に、あらゆる領域でコンセンサスがとれた状態としてのエクスタシーがあるのだろうか。
An At a NOA 2017-03-26 “人はなぜ物語を求めるのか
おそらく、触覚や嗅覚などの他の感覚器官でもASMRが得られるだろうが、視覚や聴覚に比べるとS/N比を高く保つのは難しいかもしれない。

ASMRとは言わば、抽象化された絶頂感である。
セックスには少なくとも二つの役割がある。
一つは、有性生殖による物理的身体へのエラーの導入であり、もう一つは、コンセンサスの確認による快楽の成就である。
(中略)
コンセンサスの確認とは、これらの感覚を一致させることであり、二つ以上の物理的身体が同一の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を共有することによって達成される。
An At a NOA 2016-12-20 “セクサロイド”  
セックスにおける絶頂がすべての感覚器官のコンセンサスを目指すのに対し、ASMRは一部の感覚器官のコンセンサスによって成立すると考えれば、「亜絶頂」とか「半絶頂」のような語がイメージに近いか。あるいは「頂」と異なるピークの表現として、「絶端」「絶顚」とか、「頂」に近づくとして、「接頂」「逼頂」とか。

2017-09-20

variationとdiversity

variationとdiversityの違いについてざっと調べてみると、
variationは同一カテゴリ内での違いに対して用いられ、
diversityはカテゴリ間もまたいだ違いに対して用いられる
ことが多いようだ。
variationを有するもの同士は、そもそもあるカテゴリに
分類されるだけの類似性をもつので、diversityを有する
もの同士に比べると違いは小さめな傾向にある。
音楽で言えばvariationは変奏曲のことだから、主題に
相当する何らかの基準を共有することが想定される。

diversityは「多様性」で人口に膾炙した感があるので、
variationには「変様性」あたりの訳語を当てた方が
よい気もするが、「変様」だと哲学的にはmodification
のことになるのか。
まあでも「多様体」だって数学的にはmanifoldだし。
「多様」に対する「一様」と「変様」に対する「同様」。
「皆一様に驚いている」と「皆同様に驚いている」では、
前者が「いろいろな反応があり得る中で、驚いている点
では一致していること」を言っており、後者は「驚いて
いることは前提した上で、驚き方が一致していること」を
言うという違いがあるように思うのは気のせいだろうか。
「多様に驚く」ことはできないのに対し、「一様にかつ
変様に驚く」ことはできるのではないかということだ。

そう言えば、人種、宗教、性的嗜好の「多様性」を、
variationではなくdiversityとして捉えるのはつまり、
それぞれは違うカテゴリだとみなした上で、異なる
カテゴリを許容しようという態度になるということか。
divideやindividualと同じように、古代ギリシャ語δίςに
由来する「二つに分ける」思想の延長上にあるという
意味では、とても西洋的というか、部分に分けて考える
傾向にあるのだなということを感じる。

どことなく、仲間に入れることを、英語では「join」、
日本語では「混ぜる」と表現する話を彷彿とさせる。
あれは「すべてがFになる」だったか。
「日本では、一緒に遊ぶとき、混ぜてくれって言いますよね」
犀川は突然話し出した。
「混ぜるという動詞は、英語ではミックスです。これは、
もともと液体を一緒にするときの言葉です。外国、特に
欧米では、人間は、仲間に入れてほしいとき、ジョイン
するんです。混ざるのではなくて、つながるだけ……。
つまり、日本は、液体の社会で、欧米は固体の社会なんですよ。
日本人って、個人がリキッドなのです。流動的で、渾然一体に
なりたいという欲求を社会本能的に持っている。欧米では、
個人はソリッドだから、けっして混ざりません。どんなに
集まっても、必ずパーツとして独立している……。ちょうど、
土壁の日本建築と、煉瓦の西洋建築のようです」
森博嗣「すべてがFになる」p.430
もしかすると、日本人はdiversityではなくvariation
として「多様性」を捉えた方がすんなり受け入れられる
のかもしれない。
(この発想が既に英語圏と日本語圏というdiversity的な
ものになっているだろうか)

2017-09-15

significant

Google翻訳、有能すぎるでしょ。

The result is significant but not significant.

Technically (or statistically) speaking, it is significant.
Generally (or practically) speaking, however, it is insignificant.

2017-08-18

random

「乱断(ランダン)」はrandomの当て字として有用だと
思うのだけど、明治期に流行らなかったのだろうか。

「亂し斷ずる」で意味も通るし、乱数や乱択のように、
randomに「乱」の字は当てられているのに。

2017-07-27

Anil Seth

Anil Sethというサセックス大学の神経科学の
研究者の意識観は、共感できるところが多い。

a new picture is taking shape in which conscious experience
is seen as deeply grounded in how brains and bodies work
together to maintain physiological integrity – to stay alive.
In this story, we are conscious ‘beast-machines’
Anil Seth “The real problem
Every conscious experience involves a very large reduction
of uncertainty – at any time, we have one experience out of
vastly many possible experiences – and reduction of
uncertainty is what mathematically we mean by ‘information’.
Ibid.
perception is a controlled hallucination, in which the brain’s
hypotheses are continually reined in by sensory signals arriving
from the world and the body.
Ibid.
The specific experience of being you (or me) is nothing more than
the brain’s best guess of the causes of self-related sensory signals.
Ibid.
It now seems to me that fundamental aspects of our experiences of
conscious selfhood might depend on control-oriented predictive
perception of our messy physiology, of our animal blood and guts.
Ibid.

意識とは、身体を維持するための予測過程であり、
自意識というのも、その過程の一環で予測された
ものでしかない。
Consciousness is a predictive processing for
maintaining the body, and conscious self is only
predicted as a part of the process.

この理論もまた、理由付けという予測過程によって
導かれたものであるから、これが正解かどうかは
どうでもよいし、そもそも正解というものはない。
best guessはなんだろうかと理由付けを続けるのが、
意識らしい在り方だと思われるというだけである。
Since this theory is also derived by the predictive
processing of reasoning, it does not matter
whether this is correct or not, or there is no
correct answer in the first place.
Just saying that keeping reasoning as to what is
the "best guess" seems to be a conscious way
of thinking.

それでよいのだ。
That's fine.