2017-04-28

思考の体系学

三中信宏「思考の体系学」を読んだ。

前著で展開された分類思考と系統樹思考をベースにして
展開されるダイアグラム論は、人間が無相としての情報を
有相としての情報へと如何にして抽象するかを網羅的に
見渡しており、とても面白く読めた。
分類思考の世界」や「系統樹思考の世界」ではやはり
それぞれを別個に述べることがメインだったので、
両者の関係についての記述を深めたことや、数学的な
背景について触れられているのもよかった。

著者がエプスタインを参照して述べるように、人間には
二つの思考様式がある。
個人的にはこれを意味付けと理由付けと呼んでおり、
意味付けは、経験的システム、分類思考、メタファー、
分類科学、チェイン、位相構造、パターン、空間に、
理由付けは、合理的システム、系統樹思考、メトニミー、
古因科学、ツリー、順序構造、プロセス、時間に、
それぞれ相当する。
いずれも無相から有相への情報圧縮によって秩序を生み出す
抽象過程であり、両者は理由の有無によって峻別される。
意味付けは、大量の入力データを基にした特徴抽出による
抽象過程であり、その判断には理由が存在せず、判断基準は
センサの特性として埋め込まれる。
理由付けは、入力データ量が少ない中で判断を下すために
投機的に行われる抽象過程であり、理由でつなぐことで
その投機性に対するバランスが取られる。

環世界センスは分類思考であるが、クラスター分析あるいは
統計的思考をいずれとして位置付けるかは難しい。
数量分類学者達が分類に使ったという意味では分類思考的でも
あるのだが、何らかの理由が挟まれている限りにおいては、
系統樹思考的な性格が抜けない。
分類思考としては、ディープラーニングのような、理由を介さない
判断機構が該当するように思う。
第6章で展開されている、ダイアグラム論の文脈における統計的思考は、
ビッグデータを取り扱うにあたって、ディープラーニングという
分類思考の相方として用いられる系統樹思考としての役目が期待
されるのかもしれない。

著者が繰り返し強調するように、二つの抽象過程は
車の両輪のように互いにもちつもたれつの依存関係にある
三中信宏「思考の体系学」p.100
ので、いずれか一方のみに頼ることは悪手になる。
数量分類学のような分類思考だけでは上手くいかないのは、
人間が時間の流れの中に生きていると認識しているからだろう。
時間が停止した、エントロピーの増大しない世界であれば、
系統樹思考を棄て、分類思考のみに頼るという選択肢もあり得る
かもしれないが、それはつまり意識という心理的身体を放棄し、
無意識と肉体からなる物理的身体のみによって生きることに他ならない。
逆に、シンプソンによるウッジャーへの批判は、系統樹思考に
分類思考を持ち込むことに対するものだったようにみえる。
人間が物理的身体と心理的身体の両方を備えている限り、
どちらか一方に絞り込むことは何らかの犠牲を伴うはずだ。

意味付けはビッグデータをそのままに扱う抽象であり、FPGAの
ようにセンサの回路を組み換えることで、センサ特性として
判断基準が埋め込まれる。
その過程では、無相の入力が続く限り判断を自然に下し続ける
ことができるが、入力が止むと同時に判断も止む。
基準を言語等の他の形式で抽象しようとしても、理由付けへの
変換である限り、必ずそれは失敗する。
ダイアグラムというのは逆に、理由付けによって得られた抽象結果を、
視覚という意味付けとして入出力するように変換した装置だと言える。
ダイアグラムに作者の意図しない内容を読み込み得るのは、このことに
起因していると考えられる。

抽象結果=構造を、短時間で効率よく伝えるために、ダイアグラムは
とても有効であるが、インテルメッツォ(2)〜エピローグで強調される
ように、“骨格”への“肉付け”が肝になる。
抽象(“骨格”)と具象(“肉付け”)の両極を行き来することにより、
私たちは多様性のパターンとプロセスについてより深く理解する
ことができるでしょう。
同p.246
“骨格”としてのダイアグラムは共通であっても、そこに“肉付け”される
形而上学が異なればまったくちがったものになる可能性があるからです。
同p.259
分類思考と系統樹思考を駆使して得られた抽象としてのダイアグラムから、
如何にして元になった具象を想像するか。
リテラシーとは、抽象から具象を再構成する能力である。

本書はダイアグラム論ということで視覚ベースの構造の表現のみだったが、
他の感覚器官、特に聴覚の場合についても興味深い。
音楽を和音として聴くときと旋律として聴くときとでは何が異なるだろうか。
和声と旋律、あるいはホモフォニーとポリフォニーと言ってもよいかも
しれないが、これらの間にも、分類思考と系統樹思考の間のように、
時間の要素が絡んでいるはずだ。

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