2017-03-06

高知

仕事で高知に行ったついでに観光してきた。

牧野富太郎植物園と高知駅で内藤廣の建築を目の当たりにしたのだが、内藤さんはやはりものづくりに対して正直だなという印象を受ける。鉄も木もRCも、必要であれば必要なところに使い、ディテールも力学や作り方がよくわかるように思う。こういうのは一歩ずれるとあたりがきつくなるいうか、疲れを感じさせる類の居心地の悪さをもってしまうものだが、2つとも地元の方にも親しまれているようでさすがだな、と。

展示はさっとしか見なかったのだが、牧野富太郎の植物画がものすごくきれいで印象的だった。中庭の感じや五台山から見渡す景色も心地よく、早くも咲き始めていた桜の花に微笑ましさを覚えた。



近くには堀部安嗣設計の納骨堂もあり、こちらも小振りながら端正な佇まいであった。


こういう建築が受け入れられる一方で、神林長平が言うところの〈田舎〉という装置も強くはたらいているらしく、建築のみならず、地方特有の難しさを感じる。人よりもモノが移動するようになる社会において、情報も移動することで、ある程度の流動性は保つ必要があるように思われる。

つまりはコンシステンシーの問題なのだが、論理学で言うところの一貫性の低さが、土質力学で言うところの流動性の高さを意味するというのはとても示唆的である。

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