2018-12-30

廃墟の美術史

松濤美術館の「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」を観た。

万物は流転するが、流転の速度には差異がある。その中で、本来とは異なる速度で流転している領域のことを、自然に対する人工と呼べば、人工は自然との速度差を維持する働きによって保たれているとみなせる。

秩序の更新過程を制御する働きが止めば、当該領域は再び自然の流れに合流するが、速度差が解消するには時間を要する上に、合流した結果が元の流れと同じものに戻るとは限らない。

そのような人工の発散過程が廃墟であり、一種の過渡現象として近似できるだろう。近代の理想が、絶対時間の実現、すなわち時定数を無限大にすることだったとすれば、近代文明は廃墟になることを想像しないことで「進歩」してきた。廃墟への眼差しは、そういう意味で退廃的なものとして認識されるかもしれないが、その視点を失った文明は既に壊死している。

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